封 印 II(1997-2018改訂)

 ヴァイオリンとピアノの為の

 

 この曲に関してはまず、悪い思い出が浮かぶ。1997年の夏だったと思うが、私は、あるヴァイオリニストから、自分のリサイタル用にと作曲の依頼を受けた。

最初、二台のヴァイオリンとピアノの為に、という注文に応じて仕事にとりかかったのだが、スケッチも完成間近という時になって、突然、ヴァイオリン一台に改めて欲しいと言われ、あわてて書き直した記憶がある。

 

無事、書き上げたものの、どういう理由かは知らないが、結局リサイタルは中止となり、渡した楽譜の行方もそのままに、そのヴァイオリニストは私の目の前からすっかり消えてしまった。(私とそのヴァイオリニストの間に立った人物の、私に対する悪意に満ちた仲介の態度も、忘れられないほど不愉快なものであった。)まあ、私程度の、三流四流の作曲家となると、こういううことはさほど珍しくもないのだが、やはり産まれてきた子供を蹂躙されたような不快感は否めない。
 

 

 当時、私は、親友の宜保弘一君を亡くしたばかりで、どんな曲でも作曲すること自体が供養であるような気がしていた。気持ちは千々に乱れ、頭の中に浮かんでは霧散するイメージを掻き集めるように並べるのに苦労した。しかし、その苦労こそが供養に繋がるのだという、倒錯した思いに囚われていたことを思い出す。
 

 

 最初、湧き上るままにイメージを書きつけたかのようなカデンツアを冒頭に据え、そのカデンツアが無意識のうちに孕んでいる可能性を解き明かすように主部を形作っていった。作品を大きく二つの部分に分け、後半部の冒頭にゆるやかなアリアを置き、そのアリアを線から響きに溶かし込むように変奏曲を書いた。この度の初演にあたって、おどろおどろしかったピアノのパートの響きを若干、すっきりしたものに書き改めた。
 

 

 こうして、私生児のように産まれたこの曲は2004年の冬になって、ようやく初演された。この曲を、その素晴らしい演奏で、私が持っていたイメージを超えたものに仕上げてくれたヴァイオリニストの緒方愛子さんとピアニストの生野宏美さんに、心の底から感謝している、のだが恥ずかしくて、その気持ちを言えないままでいる(多分、これからも言えない)。

緒方愛子リサイタル・プログラムノートより(あいれふホール 2004.12.21)

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