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  ピアノの為の連作「萩の花(2007)」

 

 この曲を書き上げた頃の私は、日に日に視力が衰えていた。失明の手前を綱渡りの芸人のようにふらふらと歩いていたこの頃の私は、そのせいかどうか、ただただ絵画に恋い焦がれていた。そのように、つまり絵画のように音を書き付けたいと思っていたのだ。葛飾北斎のように一瞬を切り取りたいと思った。北斎が書いた風に撓る芥子の花を前に、ただただ胸を熱くする日々を送った。

 

 北斎?また随分と凄いやつを引き合いに出したものだ。いや、才能の有無など問わないでほしい。ただ私も、なけなしの小銭を搔き集めるように、微かな才能を搔き集めてこの数点の音の絵を書いたのだ。

 

 瞼の裏に焼き付いていた三つの情景。微かな風に震える白い萩。夕闇の中にすっと屹立する、自身を包み込む夕闇に花弁を染められたのではないかと見紛うような濃い紫に桔梗。吹き抜ける柔らかい風をそのまま色にしたのではないかと思いたくなるような淡い色に彩られた一面のコスモス畑。

 

 この曲集の三曲目、それだけは絵にする事ができなかった。私は赤い炎のような曼殊沙華を求めて山中を彷徨っていた。晩秋。時間が降り積もって出来たかのような重厚な色を湛えた木々の間をひたすら歩き続けた。暗い森を抜けるとそこは切り立った崖で、突然視界が大きく拡がる。ただただ明るかった。透明な秋の大気を染め上げるように傾きかけた太陽から零れ出す黄金の粒がひたすら終わりなく降り注ぎ、すべては恍惚の中にまどろむ。

 

 この曲集は2007年、松石佳奈さんの第二子、はなちゃんの誕生を祝って書いた。その喜びを記憶に留めようと。はなちゃんのお兄さん、そうくんのために書き綴ってきた子供のためのピアノ曲集の続きとして書き始めたのだが、実際に書いてみると子供のためにという但し書きは似つかわしくないものになってしまっていた。はなちゃんも今は四歳になり、花のように笑う女の子に成長した。

 

 この曲集を商品としての譜面にまとめて下さった谷憲司さん、音にして下さった生野宏美さんに心からお礼を申し上げる。

 

                   2012年8月11日 

              盆の入りのその手前の日青藍山の仕事部屋の屋根の上から街並みを見下ろしつつ

                     太田哲也

                 初版あとがきより

 風に揺れる白い花

夕闇に染まる紫の花

深山~火炎のような赤い花

 コスモス畑を渡る風

※楽譜はこちら→Banana! Estragada!!

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