子供の為のピアノ小曲集Ⅱ
「春を待つ一本の樹木のように(2007)」
長い間、誰かに聴かれる事を拒み続けているかのような気難しい曲ばかりを書いてきた私は、2000年頃から突然子供のための作品を書き出した。きっかけは、ずっと活動を共にしてきた、心理学者であり、またオーボエ奏者でもある松石佳奈さんの出産だった。さすがに目の中に入れると痛いだろうが、それでも彼女の子供たちは、元々家族というものに縁の薄い私にとってまるで孫のように可愛い。私は子供たちと触れ合う事で、封印していた自身の幼少期と向き合う事となった。
最初に男の子「そうくん」が、それから数年後に妹の「はなちゃん」が産まれた。私は毎年、この子供たちの誕生日が来るたびに小さな組曲を書き続けた。今はもう書いていない。そうくんは小学校に、はなちゃんは幼稚園へと通う歳になり、二人とも小さな同志として私と共に作曲やピアノの勉強をしている。
実際、「子供のため」と銘打って自由に作品を書くという行為は、思ってもみないほど楽しいものだった。小さな童話を幾つも拵えるように私は作曲を続けた。いや、それは作品を拵えるというよりも、河原で拾ったお気に入りの石を磨き続けるという感じに近かった。今、自分の過去と和解するように調性と和解した私は、老いらくの恋にのめり込んだかのように、調性の持つ快楽に溺れている。
私の作品は、ほとんどが初演と共に消えてゆく。その事に何の疑いもなかった。子供のささやかな笑顔と共にふっとどこかへ消え去ってゆくはずだったこの曲集の譜面を今、手に取って下さっている貴方。そんな貴方と音楽を通して出会うきっかけを作って下さった「banana!Estragada!」の谷憲司さん。そしてインターネット上にこの曲集の音源を公開する事を快く許して下さったピアニスト生野宏美さんへ心から深謝する。
2012年8月1日
雷鳴の近づく午後
福岡市の寓居にて
太田哲也
初版あとがきより
ファンファーレ、小さな対話 I
アリア、小さな対話 II
アルルの古い唄、小さな対話 III
風が何かを言っている
ブルックナー爺さん
奇怪なマズルカ
春を 待つ一本の樹